(※「ドイツ・レクイエム演奏会」プログラム・ノート)

「悲劇的序曲」

「年の瀬に 第九じゃなくて レクイエム」〜「ドイツ・レクイエム」三題(散題)

◆はじめに・信心と演奏〜一演奏者にとっての「ドイツ・レクイエム」

宗教曲の演奏に当事者として接していて、「キリスト教信仰のない東洋の一個人が、なぜキリスト教の教典を題材にした曲を演奏するのか」という、時折頭をもたげる疑問がある。もっとドラスティックに言うなら「信仰がないのに関わっても良いのか」ということである。日曜日にミサに出掛けるわけでもなく、聖書の言葉は、歌詞になっているところしか知らない。オーケストラの演奏者の筆者に至っては、何を歌っているのか全く知らないで練習を重ねることも間々ある。耳には意味でなく、音しか残っていないのだ。丁度、某深夜番組で「Father McCainzy」を「間謙二(はざまけんじ)」と聞いてしまっているのと大差ない。誠に恥ずかしい。

 そんな疑問に対する答えを観るような気がしたのは、今年(96)3月に()日本アマチュアオーケストラ連盟の加盟団体有志で大がかりな宗教曲を演奏した時こと。演奏したのは、F.シュミットという敬虔なカトリック信者の作曲家が作曲したオラトリオ(宗教劇)で、新約聖書最終章「ヨハネ黙示録」を題材にしていた。3月8日の日本経済新聞に、これを指揮した若杉弘氏が語った印象的な言葉があった。謹んで引用させて戴く。

「音楽の創造における宗教の違いは、超越した存在や試練に対する登山口の違いでしかない。」

この演奏会の新聞評(3月14日・毎日新聞・評:岩井宏之氏)にも「聴く人を元気にさせる音楽」という言葉があり、そこに信心の有無は別にして、何か聴く人の心に訴え、それによって人の心が高揚されたり嬉しくなったりするものがあれば、それはそれで素晴らしいことなのではないか、と思った。同時にそうした演奏行為そのものの意義を強く感じた次第である。

今回の指揮者・三石精一先生にもその辺を伺ってみた。

「確かに、演目に宗教曲を選ぶことには、例えばブルックナーの交響曲でも慎重になることもあります。でも今回の『ドイツ・レクイエム』は宗教的色彩よりブラームスが注いだ人間愛といったものがメインであり、聴く人にはそのことを感じてもらえるように演奏することがとても大事です。信心云々よりも、お客さんに何が残せるか、でしょう。」

 芸術でもスポーツでも、また日常の行いにおいても、人はより高みに行かんとして努力し試練に向かって行くものではないかと思う。その折々に、何かによって慰められたり、元気づけられたりすることは有り難いし、またそれを意図した行為は否定される何の理由も持たない。そういう意味においては「信心のない人が宗教曲を演奏する」という行為について、信心有無をあまりとやかく言わなくても許してもらえそうである。もっとも、例えば「慰め」をテーマにした曲を演奏すると言っても、別に演奏者が聴く人を慰めるワケではなく、あくまでも演奏者という媒体を通じて、「慰める」という意図のある楽曲が披露されるに過ぎないのではあるが。

 ともかくこう書いてみて、こうした宗教曲の演奏活動を続けていく身も、少し、救われたような気がする。…ん?待てよ、そう言えば文中に「有り難い」だの「許す」だの「救い」だの使いまくって、何か勝手に自身の信条を「宗教」化していないか?

 

◆曲目について

 さてこの「ドイツ・レクイエム」(作品451866年作曲、全曲完成は68)だが、実は通常のレクイエムの形式とかなり異なる。普通のレクイエムは、キリスト教の儀式に則って決められたラテン語のテキストをラテン語で歌う。従って作曲家が普通「レクイエム」を作曲する際は、その決められた言葉の謡(うたい)をどういう節回しにするかに専念することになる。

 しかしブラームスは違った。自らの意志で、聖書の言葉を旧約・新約の隔てなく拾い集め、美しく紡ぎ合わせたのだ。そしてそれを、母国語ドイツ語で歌うという画期的な作品に仕上げたのである。こうした曲作りが今日、この曲をわざわざ「ドイツ・レクイエム」と呼ぶゆえんである。敬虔なプロテスタントというよりは、むしろ自由思想家であったブラームスなればこそできた業と言えよう。

 また作曲の筆を進めたのは、師と仰ぐシューマンの死(1856)と最愛の母クリスティアーネの死(1865)という二つの大きな悲しみだとされているが、実は抱えてしまった悲しみを一番癒してもらいたかったのはブラームス自身だったのかも知れない。期せずして、生まれた「ドイツ・レクイエム」は、「死者の鎮魂」というレクイエム本来の役割を超越して、むしろ生きて悲しみ苦しむ人に大いなる慰めを与えたことが、当時の初演(第5曲を除くほぼ完成版の初演・1868年4月10)の記録に垣間見られる。ブレーメンの大聖堂に集まった聴衆は、長大な全7曲の中の第T曲で既に涙したのである。

こうして名を残した「ドイツ・レクイエム」が、時を超え、ブラームス自身の没後100年を明年に控えた本年の年末に演奏されることとなった。「なぜ年の瀬にレクイエム?」という向きもあるだろうが、「癒しの音楽−ヒーリング・ミュージック」の歴史的大作たるこの曲に接することは、この1年の悲喜こもごもを振り返る良いチャンスになるのではないだろうか。20世紀の世紀末を控え、今年も激動の1年を過ごした我々もまた、癒されるべき存在なのではないだろうか。 

(ただ「やりたかったから!」と言ってしまうと元も子もないので、この曲を演奏する理由を整理してしたら何だか大仰な言い訳になってしまったな。)

 全曲は7つの独立した曲からなる。各曲の内容は対訳を参照されたい(※当時のプログラムには掲載。ここでは省略)。7曲と言っても、各曲が途中様々に曲想を変化させるので、中には全く違った曲が現れたように聞こえる曲もある。その部分に若干注意を払いながら簡単に7曲を紹介する。

【第T曲:悲しみ悩む人は幸せです】

初演時に聴衆に涙させたというこの曲は、冒頭から慈愛に満ち、安息という言葉がふさわしい、息の長いフレーズのテーマが展開する。メロディー部分は中・低弦が担当し、ヴァイオリンはこの曲の間ずっと休みという独特な編成である。

【第U曲:人々はみな草のようにはかない】

「人の命は草花のように…」と生きて苦しむ人のはかなさを描く重々しい音楽が、時々語気を荒げて怒るように盛り上がりながらひとしきり続く。途中「農夫が実りを待つように耐えなさい」というくだりで一時清々しいメロディーが聴かれるが、それも束の間、再び最初のテーマに戻る。が、その音色の消えぎえにならんとする時、突如として壮麗で目も眩まんばかりの曲想に変身する(もっとも、聴いていて目の眩むワケはないのだが)。力強い「しかし、主の言葉は永遠に残る!」の歌詞に大きな意味があるのであろう。唱者も奏者もこの劇的な変化の一瞬に、アドレナリンの噴出を実感する。

第V曲:主よ教えて下さい、命のはかなさを】

バリトン独唱による「我が命のいかにはかないかを教えて下さい」という悲しい調べが抑揚を持ちながら展開する。後半、ぽっかりと空白のような一瞬が訪れたかと思うと、間もなく曲は高揚し、トランペットの高らかな響きと共に曲は一気に高みに駆け上がり、オルガンを含む重厚な低音の通奏の上に、念入りなフーガの技法で音の伽藍を築き上げる。

【第W曲:あなたの住まいは麗しい、万軍の主よ】爽やかで幾分牧歌的な3拍子のメロディーが全編に歌われる。短い曲ではあるが十分に魂の憩いを感じさせてくれる。

【第X曲:あなた方は今、悲しみのただ中】

「母がその子を慰めるように」と表現される、ソプラノ独唱による気高い愛に満ちた曲。最後に完成されたとされるこの曲により、全曲の構成はより意味深いものになっている。

【第Y曲:私たちはこの世に永遠の都を持たない】

不安げな合唱の導入に続いて、バリトン独唱を合図に「ラッパの響きと共に死者が蘇り…」という「最後の審判」のすさまじい情景が速いテンポで描かれる。その憤りのような音楽が洪水のように時を押し流した後、その怒涛なだれ込む混沌の滝壷の中から「主よ、あなたこそ栄光を受けるにふさわしい!」と歌う清らかな女声が、落ち着いたテンポを伴って幻のように立ち昇って来る。死の克服と神の栄光を雄々しく歌い上げるこの部分まで来ると、「悲しみを癒す」というより「あんたガンバんなさいよ。」と勇気づけられているような気持ちになる。而して、この曲の締め括りの圧倒的な輝かしさは、まるで全編の終了と誤解させんばかりのエネルギーを有し、聴く者の心を(そして唱者・奏者をも)希望へと導くはずである。

【第Z曲:今から後、主にあって死ぬ人は幸いです】

この世の全ての生きる人々への癒しを歌い上げて、全曲は静かに終焉する。第T曲の旋律が一瞬現れるのも印象的。その終わり方は、永遠の魂の安寧を示しているようでさえある。

 

 筆者の主観で言わせてもらえば、この曲のキーワードは、第T曲の歌い出しであり且つ終曲の結びもなっている「selig(ゼーリヒ:至福,幸いの意)」に尽きる。この曲は聴く人も、演奏する人もみな癒され、幸せにしてくれるべき音楽である。舞台と客席を分け隔てることなく、東京文化会館のホールが一体となってその喜びを享受できれば正に「selig」である。もっとも、今宵お越しになったお客様が、冗長な演奏に心地よい寝息をお立てになったとしても、「癒しの音楽」であるレクイエムを演奏した意義を感ずるべきなのか。これも今年一世を風靡した「ポジティブシンキング」と言うべきか(否、こうなるとまたもや言い訳である)。

いずれにせよ、巷に第九の「freude(フロイデ:歓喜)」のノイズの高い時節に、敢えて今宵のお客様は「selig」を選んで戴いた(961221日演奏)。今宵だけでも終演後は「selig …」と口ずさんで帰っていただきたいものである。

 

奇しくも、ワーグナーとブラームス

 ところで、ブラームスと聞くと、彼の活躍した時代にどうしても避けて通れない人物がいる。ワーグナーその人である。

「ドイツ・レクイエム」がブレーメンで初演された1868年、奇しくも時を同じくしてワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」がミュンヘンで初演された。この歴史に残る二つの大作の成功を機に、当人達の意ばかりでなく、その取り巻きに多分に振り回される形で、長きに渡って「ブラームス派」vs「ワーグナー派(のちブルックナー派)」の袂を分かつ音楽論争が決定的になったのである。

 ただ、当人達にしてみれば、必ずしもそれが有り難かったとは言いがたい。ワーグナーの方は確かにブラームスに対し攻撃的な論調を発していたようだが、実際のところワーグナー自身がブラームスの音楽にそんなに関心を持っていなかったような節もある。更にブラームスに至っては、人物的にはともかく、ワーグナーの音楽にかなりの敬意を払っていたのである。事実彼は楽劇「ラインの黄金」,同「ワルキューレ」の初演に接しているし、1883年にヴェネチアでワーグナーが亡くなったという知らせを聞いた彼が、「巨匠が死んだ。今日はもう歌えません。」とその日指導中だった合唱の練習を打ち切ったという記録も残っている。世の中に与えた影響が大きかったがために起こってしまった、二人の音楽家の悲しいすれ違い。

それから約130年、今宵、奇しくもブラームスの名を冠する合唱団(※正式名称は「学習院OBブラームス合唱団」)と、ワーグナー(ワグネル)の名を冠するオーケストラが、手に手を取って「ドイツ・レクイエム」共同開催に漕ぎ着けた。さて次は、このコンビで果たして「マイスタ」を演る日が来るのだろうか???

 

「悲劇的序曲」について(作品番号811880年作曲)

まるで付け足しのようで恐縮だが、「ドイツ・レクイエム」の前に演奏する「悲劇的序曲」は、

意外に管弦楽曲の作曲の少なかったブラームスが円熟期に書き上げた、内容の充実した堂々たる序曲である。作品番号では1番違いの「大学祝典序曲(作品80)」と時を同じうして作曲された。ただし、この所謂「双子の序曲」も、性格が180度異なる。方やブレスラウ大学の名誉博士号授与の御礼のために作られた若々しく爽やかな序曲、一方は悲壮感極まる重々しい作風。「片方は笑い、片方は泣いている」とブラームス自身が評している通りである。双子は双子でも、間違いなく二卵性双生児である。丁度NHK朝ドラマ(※「ふたりっ子」9610月〜973月放映)の麗子ちゃん,香子ちゃんと言ったところか。――せや!確かに麗ちゃんは京都大学の学生やし、香ちゃんは将棋に賭ける悲壮な覚悟の人生やし(ご覧になっていない方にはワケが分からなくってスミマセン、急に関西弁になるし)

「悲劇的序曲」はその極まる渋さゆえに、当時もあまり人気を博さなかったようだ。が、今宵の演奏は上手く行けば、まず「悲しみ」、次いで「癒す」というストーリーが完結する(これをしてメイクドラマと言うべきか)。従って演奏する側としては「悲しみ」且つ「苦しむ」ことだけにはなりたくないと思って頑張る所存である。

 演奏時間は10分強で、お客様には失礼だが、この曲の後に即休憩を取っていただく。

(参考文献:新潮文庫『ブラームス』三宅幸夫著) 文責:稲葉光亮


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